うつ病から始まるフリーランス日記

うつ病になってからの記録とこれからの人のために

お金があれば9割の問題は解決するけどお金だけでは幸せになれない

なんやかんやでブログは3ヶ月に一度は更新していたのですが、前回いつ更新したかな〜と思ったら去年の8月でした。

 

 

約10ヶ月分ぶりの更新です。

 

みなさま生きておりますか?

僕は生きておりました。

 

 

さて、去年の8月からのことなので、僕も色々とありました。

 

 

仕事は相変わらずフリーランスでの仕事をしております。

 

 

なんでもフリーランスは1年で40%近くの人が廃業するそう。

 

僕は2024年9月からフリーランスを開始していて、現在2026年6月。

 

なんとか丸2年は生き残っていけそうな予感。

 

ちなみに3年で65%近くが廃業するそうです。

 

 

10年後は88%が廃業なのだとか。

 

 

フリーランスって厳しい。

 

まあでも中小企業の4割も5年生存できないそうです。

そう思うとビジネスを長くするって大変なことなんですね。

 

 

そして先ほど申し上げたように、僕は1年の壁は超えて2年の壁もこのままいけば超えられそうです。

 

 

じゃあ僕はフリーランスになって超成功しているのかというと全くそんなことはなく。

 

仕事量で言えば増えた気がします。正確に言えば拘束時間かな・・・・

 

大体僕の朝の仕事の始まりは10:00なのですが、そこからまた家に帰ってくるのはどれだけ早くても19:00。

 

遅いと23:00です。

 

会社員(公務員)をしていた頃は、色々と自由は聞かなかったもののノー残にしようとする動きもあって水曜日などは17:00に退勤できる日も月に一度はあったように感じます。

 

またフリーランスは当たり前ですが有休はないので、お休みしたらそれは損失と考えられなくもないのです。

 

会社員の時は

「連休嬉しい!ハピハピいいいい!!!」

なんてはしゃいでいたものですが、今は連休とか関係なく、なんなら連休だと周囲が動かなくなって仕事が減ることもあるので別に嬉しくないというのは本音です。

 

 

とはいえ、年収は下がったものの手取りとしては増えているかトントンな感じ。

 

 

無駄な会議、上司へのごますり、黒いものを白いと言わなければならない強迫観念

そんなことがクリアになった今は厳しいながらも、俺の力で生き残るしかないと頑張れています。

 

 

 

この1年でフリーランス仲間も増えたり、同業の信頼できる上司っぽいような人にも出会えて仕事を分けてもらったり、ちょっとした仕事のことで表彰を受けたりと、ちょっとだけ自己肯定感を上げてくれるようなイベントにも遭遇し、ありがたいなと思っている今日この頃です。

 

 

フリーランスになると一番困るのはなんといってもお金問題なのではないでしょうか。

 

僕は税金のことをすっかり忘れていたので、結構困りましたwww

 

 

普通に忘れているところがなんとも自分らしいというか、お金の管理が下手くそな自分っぽいです。

 

 

今の仕事内容に不満はなく、時間的な拘束時間は多いし、多分他の人からしたら忙しそうにしていると思われるのですが僕的には慣れてしまえばなんということもなく、体力的な疲れよりも精神的な疲れをのせられる方が、ずっとキツくてしんどいのだと肌身を持って感じています。

 

あとはお金の問題。

 

会社員ではなくなったので、一定の給料はもらえません。

フリーランスは報酬0ということも可能性としては全然あります。

逆を言えばフリーランスの報酬は青天井でもあり、自分が頭や体を使って稼いだものがダイレクトに自分に跳ね返ってくるのでやりがいとか、稼いだ感は感じやすいのも特徴です。

 

ただボーナスもない、休んだら無報酬、持続性を高くするため工夫が必要

常に、仕事は頭の片隅にあるし仕事が優先になります。

 

 

いかに効率的に金を稼ぐか

 

 

みたいなのがテーマになっていた時もありました。

 

なるべく時給を多く払ってくれそうな仕事を受けようとしたり、効率よく立ち回る方法をずっと考えていました。

 

だってお金があれば問題の9割は解決しますからね。

 

お金があれば仕事を休んでも、体を壊してもとりあえずの生活は送れます。

友達と遊ぶのだって、親にちょっと美味しいものを送るのだって、気になる人とデートをするのだって必ずお金が必要です。

 

こういうのは気持ちの問題だから・・・

 

そういう人もいますが、僕はこれは強がりだろうと感じてしまいます。

お金があれば、ある程度の信頼やつながりも作ることができる。

 

この考えは今も変わってません。

 

 

でもお金ばかり考えていた時期は、だんだんと仕事を減っていった感じがしました。

頑張ってるのに。効率よく働こうとしているのに僕に仕事を頼みたいという人がゆるやかに減っていきました。

 

 

僕は色々とこれまでを振り返った時、効率を考える段階ではまだなかったのだという結論に至りました。

 

 

何かを始める時、きっとその時に必要なことがステージによって異なるのだと。

 

 

個人事業主として仕事を始めた当初はまずは相手の信頼を得ること。

 

 

よく考えたら当たり前のことですよね。

相手の立場からしたら、実績もないよくわからない人に高いお金は支払いたくないし、それならいつも頼んでいる人にしようとなるわけです。

 

 

だから最初は、お金とか効率とかは一旦置いて、まず相手に与えること供給することが大事なのだと気がつきました。

 

フリーの仕事を始めた当初は月収で15万あるかないか・・・・

 

これじゃあバイトをしたほうがいいよねという感じでした。

貯金を切り崩して生活する毎日。。

 

いっそ会社員に戻ったほうがいいかもと思ったこともありましたが、継続することで開ける道もあったようです。

 

色々な人と出会ってつながっていくことで、仕事も少しずつ増えていきました。

 

今はめちゃくちゃ稼いでいるわけではないですが、普通に生活する分には困らないなという感じです。

ボーナスはないので、その分上乗せで稼がなきゃという思いもありますが。

 

 

お金を稼ぐ行為をあまり綺麗な行為ではないという人もいますが、資本主義の世の中で生きている以上はお金を稼ぐことは必要不可欠な行為であり至極真っ当な行為なのかなと感じています。

 

ただ最終的にお金だけ持っていてもなんの意味もないと思いますし、そのお金をどう使うのかで人生の幸せ度合いは変わってくるのかなと最近強く感じています。

 

 

なんかよくわからないまとまりのない思いをつらつらと書いてしまいました。

 

 

僕の基本は楽しく生きることであり、そのための手段としてお金を稼いだり、仕事を頑張ったりするということなのでしょう。

 

稼いだお金を誰かのために使えるようになった時、本当の幸せを感じるのかもしれませんね。語弊があるのは承知ですが、情けは人の為ならずとはよくいったものですね。

 

本当に情けは、巡り巡って僕のためなのです。

 

 

楽しいことは引き寄せるもの

お久しぶりです。暑さの渦に巻き込まれて抜け出せない。ズーやまです。

 

非常に暑いね。ほんまに。

 

 

でも少しここ1週間くらいす酷暑からは抜け出してる感も???

 

んなこたあねえか。

 

 

お盆に入ってますね。

 

いや、終わるのか?

 

 

わかりません。お盆の定義っていつからいつまでなのかしら。

 

昨日、散髪したのですが理容師さんともその話をしていました

 

「お盆っていつからいつまでなんですかね??」

「あ〜どうですかねえ・・・・とりあえず今はお盆なんじゃないですか?」

「あ〜そっか〜だってなんか人多いですもんね〜」

 

バカの人の会話かな??笑

 

 

まあまあ、そんなこんなで、お盆ですねはい。

 

 

僕というと、帰省はこの度はせず。

 

 

毎年お盆は帰省をしておりましたが、フリーランスの今、わざわざ人が多い時期に、しかも高い金を払って帰省する意味は特にありません。

 

ほんと、需要と供給というかなんというか、航空券の価格釣り上げがすごいです。

 

 

地元にお盆に帰ろうと思うと、往復で8万くらいかかるんですよね〜

でも9月に帰れば往復3万かからないという。

 

 

同じ飛行機に乗って、同じサービスなのにこんなにも!?

 

 

これってビジネスでも同じだと思うんですけど、価値の本質はビジネスの本質とは異なるんだな〜ってぼんやり思います。

 

 

いいものが高いものだとは限らないなって。

 

どう見せて、どう売るか。

 

いかにみんなが欲しい、価値が高そう!って思わせるかなんだなって。

 

 

例えば、ブランド物の香水とかって3万も4万もするじゃないですか?

もちろん、中身も素晴らしいのかもしれませんが、そのブランド代が占める割合ってとても大きいのだろうなって。

 

 

物の価値の本質ってなんだろなって考えること多くなりました。

 

 

さて、そんなよくわからない話はおいといて。

 

 

割と最近毎日が楽しいです。(唐突)

 

 

 

もちろん生きていく上でお金は必要で、会社員の時みたいに確約された給料は無くなってしまい毎月、どうやってお金を工面するか、どれだけの時間働けば自分の生活水準を維持できるのかなども不安の種ではあるのですが。

 

 

フリーランスとして仕事をすることで、自分で道を開いていく感がすごいです。

 

 

前よりも考えるようになりました。

 

 

お金を稼ぐってことはどういうことか。

 

自分の価値を高めていく。

 

自分が商品として、相手が欲しいと思うにはどんな振る舞いをしたらいいのか。

 

 

当たり前のことを当たり前にする

 

これって意外に自分もできてないなあ〜と思い自省するようにもなりました。

ほんと、これは怒られるかもだけど、

 

・時間を守る

・即レスする

・笑顔で接する

・感情だけで仕事をしない

 

当たり前のことなんですけど、僕は割とできてなかった気がして。

 

 

これを心がけるようになってから、なんだか仕事もうまくいくし、わかんないけど、ふとした時に仕事の依頼も舞い込んできたりするようになりました。

 

 

嫌なこともたくさんあるし、面倒なこと、気が乗らないこと、緊張すること。

 

ありまくるのですが、これを超えたら少し先の自分に会えるぞ!と言い聞かせて挑戦してみるぞ精神で生きてます。

 

また言い方は悪いけど、いい意味で

 

殺されるくらいなら殺す

 

これくらいの思いで仕事ができるようになりました。

 

 

もちろん文字通りのことなんてしません。

 

ただ、自分に誠実に接してくれる人に対してはこちらも大切にしなきゃと思いますし、自分に敵意を向けたり、不誠実な人に対しては割く時間はもったいない。

 

そう思って生活していると、なんだかいろんなことがすごく楽になった気がしました。

 

 

仕事は苦しいもの、我慢するもの

 

 

こういう概念からは解き放たれた気がします。

 

お金をもらうということは、大変なことだけど自分の工夫ですごく大変から少し大変には変えられる気がしてます。

 

 

楽しいことを考えたら楽しいことから寄ってくる

 

 

そんな気持ちは大切だなって。

 

 

 

でもちょっと前まではそんなふうには思えなかったし、人生の絶望も味わったので簡単にそんなふうに考えられたら苦労しねえんだよな〜という意見もとてもわかり・・・。

 

 

自分の立場がどうなっても、自分の過去の経験を大切にして人の気持ちに寄り添える人でありたいですね。

 

 

ハッピーラッキーチャッピー置いていかないで

少し頻度が上がりましたず〜やまです。

 

 

今日は仕事休み!

昨日はがっつり働いたので、仕事を入れてもいいかなと思いつつもまあいいかあ〜〜とおやすみにしてしまいました。

 

と言っても勉強はしなきゃだし、いろんな請求書関係を送付したりでダラダラとはしていられません。

 

ただ、忙しくでダラダラできない

というわけではなく

 

忙しくしていないと不安だから家にいたくないというのが自分にしっくりくる感情です。

 

 

さて、最近「タコピーの原罪」というアニメをみました。

 

OPがあのちゃんの曲

「ハッピーラッキーチャッピー

というなんともキラキラと上向きな感情の歌っぽい曲名なのですが歌詞が重重で秀逸なんです。

 

そもそもタコピーの原罪というアニメ自体が、アニメのタッチ自体はふわふわと可愛い感じ。

 

タコピーという宇宙生命体みたいな生き物が登場するのですが、そのフォルムも、昔あったお菓子の「プッカ」のような感じ。

 

 

作品に出てくる主人公の子達は小学生なのですが、

そのどの子達も家庭環境が恵まれてるとはいえず、暴力だとかネグレクトだとか離婚問題の間にいるとかで、子供にはどうしようもないことばかり。

 

 

そういった環境のことも歌詞に入っているのか

 

あのちゃんの曲の一節に

 

「腐ってるのは地球の方だからうまく歩けない」

 

「腐ってるのはお前の方だからうまく笑えない」

 

というものがあり、

一見、責任転嫁のような印象も受けるのですが、ふと振り返ると自分ではどうにもできないことって世の中にいっぱいあるなあと。

 

うつだった頃のことを少し思い出しました。

 

僕は僕なりに一生懸命仕事をしていたはずだけど、相手はそうは思ってくれてなくてどうにか気に入られたくて色々やってみたけどうまくいかなくて。

 

腐ってるのはお前の方だからうまく笑えなかった

 

のかもな。って。

もうどうにもできないじゃんって。追い込まれてるから自分自身も正常な判断もできなくて、余計に周りから孤立して白い目で見られて。

複数で自分の悪いところの粗探しされて、仕事も助けて欲しいけどもうなんか関係性崩壊してたから「助けて」っていえなくて、でも言わなかったら

 

「なんでできないのに安請け合いしたの?できないならもっと早く言ってくれてたら手伝ったのに。もう今更遅いから一人でやってね」

と何度突き放されたことか。

 

もちろん自分の能力の低さは認めます。

 

がしかし、多分追い込まれてなかったら普通レベルに仕事はできると今になって思います。今は普通に仕事してるし、ちゃんとやりとりもできてるし。

 

ただ相手も人間、自分も人間。

 

向こうには向こうの思いがあったのもわかるなって。

 

自分はメンタル弱いんです。

 

ちょっと語弊があるか?敏感?察知しやすい?

 

なんかそんな感じ。

 

うつ病としては軽く終わって、きっともっと苦しい日々を送っている人もいて。

希死念慮って界隈でたくさん聞いたけど、自分は一番ひどい時に少しあったかなくらい。

 

でもそういうのも本人が選んで、また好きでそうなっているわけでもなく。

 

「腐ってるのは地球の方だからうまく歩けない」

のかもしれません。

 

 

いや、だからみんなで人生終わらせましょうとかそういうつもりは毛頭なく。

 

腐ってる地球の中にもスポット的に自分が幸せにいられる空間は絶対にあって。

 

 

僕は最近、失敗前提で色々なことに向き合うようにしていて。

 

完璧主義だから失敗すると心が崩れるし、ゲームで1機しかないって思うからドキドキして前に進めない。

 

 

でも死ななければゲームみたいに何度も何度も蘇ってやり直せる。

 

そんなふうに最近は思っています。

 

わざと失敗するくらいでもいいのかなって。

そこから何を学ぶのかが大切かって。

 

腐ってるのは地球の方だけど、うまく歩きたいです。

 

 

 

 

何のために生きるか

不思議なもので、大体3ヶ月開くとブログが気になって書いてしまう人です。

ズーやまです。

 

 

前回は60日くらいあいたのかな?

 

とりあえず生きております。

 

フリーランスになると決めた時、

「もしかしたら、冬を越せないかもしれないな〜」

なんて思ってました。

 

9月にフリーになったからね。

 

 

それが蓄えはほぼない状況で、つぎはぎだらけな自転車操業で何とか冬を越し、

春になって新しい芽吹きを感じつつ、俺も大きく空へ飛ぶんだなんて意気込みました。

 

 

気づけば憎たらしい梅雨がやってきて、鬱蒼とする日々が来るのかなと思っていると、気付かぬ間に梅雨は明けたと・・・

 

本当に?

 

パッと意識を現実に持ってきた時に、気がつけば7月も半ば。

 

 

え、この前、ハッピーニューイヤーを唱えましたよ?

 

 

 

お金がなくなる恐怖というか、ジリジリ俺が進むのが先か、地面の崖が崩れるのが先かのような一進一退の攻防戦の中で、何とか生き残っております。

 

 

ボーナスを加味してしまうと、以前の給料に負けてしまうのですがそれを加味しなければ前職の月給を越え得る月も増えてきました。

 

 

フリーランスと言えば聞こえは良くても所詮はフリーターのようなもの。

 

それでも、自分でこの現実をこの時代をどうにか生き残って、ちょっと冒険なんかしちゃって、人との繋がりとか大事にしちゃって、責任感とか持っちゃって

 

自分が自分でないみたいで、面白いです。

 

 

もともと、フットワークは重い方だし、仕事に責任とか持ちたくないし、顔も広くないし、生き残るとかそういうタイプじゃなくって。

 

みんなとふわふわ平和に嫌なものには蓋をして生きていきたい人ではあるのですが、そういうのは、誰かが守ってくれるからこそ成立する考え。

 

 

もうフリーなんですから、誰も守っちゃあくれやせん。

 

 

己のケツは己で拭け

 

 

当たり前のことです

 

仕事に責任持つとか、最後までやり切るとか、時間を守るとか。

 

 

そんな当たり前のことって自分結構できてなかったなあ〜って振り返ると思います。

 

 

環境が変われば人も変わる。

 

 

根本的にはやっぱりコアラみたいに可愛くのんびりゆるゆるしてたいのですが、

そんなわけもいかずに

強く

正しく

美しく

生きていこうと頑張っています。

 

いや、それは嘘かな。

 

 

強く

 

強く

 

強く

 

かもしれません。

 

 

自分が鬱になってしまったこと、後悔はしてません。

 

自分なりに何が嫌なことなのか、我慢できないのか。

分析するきっかけになったと思います。

 

 

色々考えて出した結論としては

 

筋が通ってないことを強制されたり、自由に気持ちを表明できなかったりすることが自分は強くストレスを感じるのだと思いました。

 

 

「決まりだから」

 

「みんなそうしてきたから」

 

が一番ダメージでかいかもしれません。

 

それって、考えの放棄でしょってなるから。

 

 

長いものには巻かれる。

 

それは利口なやり方なのかもしれません。

 

でも、それでは変化もない。

 

だって、もう車が空を飛び始める時代に来たんですよ

 

 

一人一人が自分の思いのままに生きて活躍できる世界になっても良くないですか。

 

仕事は辛いこともあるけれど、やっぱり楽しさも感じなきゃです。

 

もちろんそれは自分の努力は不可欠だし、できないことを人のせいにしたり、環境のせいにするのも違います。

 

個人が大切にされて、能力を発揮しながらやりたいことができる社会になったらいいなって思います。

理想論ではあるけれど。でもやっぱりそういう社会がいいな。

 

 

ではまた3ヶ月後とかに会いましょう笑

 

僕は生きてます笑

新年度is 開始

なんだろう。僕は2ヶ月に一度このブログを思い出すのだろうか。

こんにちは。約2ヶ月ぶりのズーやまです。

 

さて。前回のブログは60日前。そして前々回の更新は120日前。

 

なんかやっぱり2ヶ月に1回くらいふと思い出して更新したくなるようです。

 

 

そして9月に退職してしまった職場の教え子たちからの色々な手紙もいただきました。

 

僕が関わっていた頃はひらがなで手紙を書いたり、タメ語で返事をくれたりしていたのに、今回いただいた手紙には習ったであろう漢字がチラホラと、敬語で「お元気ですか?」の書き出し。

 

人間ってすごいですね。

 

365日でここまで人は成長できるのだと。

 

そして、今の自分はこの子達みたいに一歩前に進んでいるかなと。

 

年度途中でいなくなるという不義理を今でも後悔している僕ではありますが、手紙には

「本当にあなたが担当してくれてよかったです。」的な趣旨の手紙もいただきました。

 

これだけ不義理をはたらいてしまったのに、そういう琴線に触れる言葉をポロッとおくられるとある意味僕の立つ瀬が無いというかなんというか。

 

鬱でいきなりやめてしまった職場です。上司に意地悪されて、でもその原因はきっと仕事ができない自分にあるのだし、うまくやろうともがけばもがくほどに空回って余計に嫌われたり、失敗が怖くなって報連相もうまくできなくなって、過呼吸になってトイレに逃げ出したり、全ての歯車が噛み合わなくなったあの頃。

 

もらった手紙の中に

 

「私が忘れ物をすると子供が「ズーやま先生みたい!も〜忘れん坊なんだから〜」と今でも先生のことが話題に出るんですよ^^」

 

という一節がありました。思えば、ずっと焦っていたなって。

うまくやらなきゃ。いろんなことをやらなきゃ。と、思うけどそれを強く思うとそれ以上に忘れっぽくなったり、うまく覚えられなかったり。

 

それを子供も感じていたのだなと。

覚えていてくれて嬉しい気持ちと、ああ、子供にまでそれを感じさせてしまっていたのだなという申し訳なさと。いろんな気持ちが混ざりました。

 

 

人は時が経てば、新しい出会いがあったり、別れがあったり、いいこともあれば悪いこともあるし、その時々で立場も変われば思うことも変わるわけで。

 

僕の関わってきた最後の子供達はいきなり僕がいなくなったことで、立ち止まっていないか。すごく驕った発言かもしれませんが、あの子たちは僕のことをうまく消化して前に進んでくれてたらいいなと心から思います。

 

 

僕はまだもしかしたら、心はそこに置き忘れていて、前に進みながらも、かけらの一つはそこに置いたままなのかもしれません。

 

新年度、新しい気持ちでせっせと働こうと思っていたら、もしかしたら開けなかった方が個人的には心のざわつきがなかった箱を開けてしまったのかもしれません。

 

 

もちろん人間なので、トライアンドエラーを繰り返し、時に間違いを起こしながら進んでいくものだと頭では分かってはいるのですが、子供たちの明るい未来を願う端くれとしてはやるべき義理を果たす必要もありそうです。

 

 

ここまで読んで何の話をしとんのやと思われる方もいそうですが、僕は僕の義理を果たしながらちゃんと前に進んでいこうと思います。

 

 

 

 

過去との決別

僕には4つ下の妹がいます。

 

と、いっても僕も30代ですから妹もいい歳で、結婚もしているし子供もいます。

 

 

きょうだい間の仲は一般的には良いほうだと思います。今でも定期的に親交もありますし。

 

しかしながら僕の中には1つどうしても妹に対して申し訳ない気持ちが抜けません。

 

 

ことの発端は10年以上前に遡ります。

 

 

 

当時大学生をしていた僕は、東京で暮らしていました。

 

当時、高校生の妹は僕が通っている大学の近くにある他の大学を受験予定でした。

オープンキャンパスに行きたいと言う理由で、数日泊めてほしいと妹から要望がありました。

 

僕が面倒だなと思いながらも「いいよ」と返事をしたのでした。

 

 

高校生の妹はまだうまくスマホも扱えてなかったようで、電車の乗り方もよくわからないし東京はごちゃごちゃしてわからないとのことでした。

 

数年先に上京した僕にとっては、確かに少しごちゃついてるけど、調べたらわかるし最悪人に聞けば誰か教えてくれるじゃん。との思いが強く、しかも普段は強気発言も目立つ妹だったので、どうにか頑張れよ。と冷たい思考をめぐらせていました。

 

また丸3日も妹の世話をするのは正直面倒でした。

 

 

結局オープンキャンパスにはついていき、食事に連れてって・・・という感じで日中は過ごしたのですが、やっぱりなんだか面倒になってきて、夜たまたま大学の友達に飲みに誘われてしまい、僕は妹をほったらかしにして飲みに行きました。

 

その後も、当時付き合っていた恋人の家に泊まり、妹には「俺の部屋好きに使っていいから」と一見、寛大な兄っぽいことを言ったのですが、それは面倒ごとから解放されたかっただけでした。

 

そうして丸2日、妹は一人で僕の部屋で過ごしたのでした。

 

 

妹は初めての東京でどこにも行けず、近くのスーパーを行き来しただけだったそうです。

 

最終日に僕が戻ってくると、妹は僕の部屋で俯いて泣いていました。

 

 

その時、僕は妹の気持ちを考えずに行動してしまった自分の冷酷さとか自分勝手さとか色々なものが押し寄せてきて居た堪れなくなっていました。

 

 

妹もその日は暗かったのですが、次の日になるとケロッと忘れてしまったようで、元気に帰って行きました。

僕はその時のことを謝ることもできず勝手に何か重いものを抱えてしまうことになりました。

 

逆だろ普通。

 

わかります。

 

妹が東京がトラウマになるならわかります。

 

でも僕が、勝手に一人ぼっちにした僕が、なぜか苦しい気持ちになっているのです。

 

 

本当に自分勝手ですよね。

 

 

それからというもの、1年に数回なのですが当時のことを思い出しては勝手に思い悩み、悪かったな〜と考えていました。

 

 

一番の解決策は直接、妹に「あの時ごめん!申し訳なかった」と言うことです。

 

 

 

でも僕にはそれがどうしてもできなかった。

 

 

こうなったら、同じ機会に恵まれたら全力で楽しませてあげよう、リベンジをしたいと考えるようになりました。

 

 

 

そして、先月妹から連絡があり、2月に妹が東京に来ると言うのです。

 

 

この機会を待っていた!僕は思いました。

 

僕は贖罪の機会を待っていたのです。

 

 

そして今日がまさにその日。

 

 

まだ終わってはいないのですが、妹の笑顔をたくさんみることができました。

 

 

なんとなく僕の罪は少し軽くなったように感じます。

 

 

勝手に不誠実な行動をとって、勝手に罪の意識を感じ、勝手にリベンジをしようとして、勝手に贖罪をする。

 

 

正直、意味のわからないことだらけなのですが、僕はこれで救われます。

 

 

嫌なこととか悩みとか、目を背けたいこととか人それぞれ。

 

環境が違えば境遇も違うし、考え方も違う。

 

 

悩みに向き合って解決することも大切なのだと思います。

 

悩みまくって悩んで苦しんで。

 

でもそれって結局、自分の中での問題であり、僕がいくら悩んだところで、世界は1ミリも変わりません。

 

ただ自分が苦しくなって、内に入り込んで終わり。

 

 

それならば、良い思い出に塗り替えたり、悩み事をうまくリカバーできる行動をするほうがよっぽど生産性のあるものだとちょいと思いました。

 

悩んでいる人ほど、頭で考えているだけで行動は何もなし。

 

 

現状が嫌なら変える何かをしているのかと言うことです。

 

 

僕は妹を東京に招待することもなく10年が経ってしまいました。

 

たまたま思い出を塗り替えるチャンスをもらったわけですが、それがなかったらいつまでも年に数回うじうじと考えていたことでしょう。現実は何も変わらないのに。

 

 

悩みは自分の内にしかないということ。

 

何かの本で読みましたが、真理だと思います。

 

人間関係が悪いから。

 

職場の環境が悪いから。

 

育った環境が悪いから。

 

自分は運が悪いから。

 

 

全部、あなたの感想ですよね(突然のひろゆき

 

 

僕はなるべく苦しまずに楽しく生きていきたいと思ってます。

 

乗り越えないといけない課題はあるし、避けられない苦しさもあると思いますが、それで何かを得られる苦しさや忍耐であってほしい。

 

 

意味のある苦労はしても、無意味な苦労はしたくないです。

 

考え方を変えることで、世界の見方は180度変わる気がしています。

 

楽しくいること、楽しそうなことを考える人の近くにいること

僕はこれを大切にしていきたいと思います。

 

 

とりあえず、妹のことはよかった・・・・。

救われました。

 

 

 

 

 

久しぶりの日記

お世話になっておりますズーやまです。

 

 

すごく久しぶりの更新。

 

気がつけば60日。

2ヶ月ブログを放置しておりました。

 

 

僕はというと生きております。

 

毎日忙しい・・・

 

 

フリーランスになって、毎日はとりあえずいい感じです(何

 

 

会社に所属していた頃は、なるべく残業なし、なるべく休みが多いように・・・

と願う毎日でした。

だって月給制だったんだもん。同じ給与をもらうならなるべく働く時間は短い方がおトクじゃないですか。

 

3連休とか心待ちにしていたし、金曜の夜は最高の時間でした。

 

 

しかしながら、今となっては遠い過去の話。

 

今や土日関係なく働いておりますし、給与は時給制になったのでサボればサボるだけ僕の所得は低くなっていくのです。

 

 

そして大きな病気や怪我なんてしてしまった暁には無給という恐ろしさ。

 

 

リスクマックス!!!!

 

 

 

しかしながら僕は悲観はしていません。

 

 

今の生活のほうが自分らしい生き方をしていると感じています。

 

 

そして、会う人たちも経営者とか、同じフリーランスの人が多くなりました。

 

 

会社員だった頃は土日を待ち侘びながら仕事をし、休みの日には友達と居酒屋で上司の文句を言って、憂さ晴らしをしていました。

 

 

今だって仕事に関わる人が全て良い人なわけではありません。

あ〜今日の仕事したくね〜と思う時もあります。

 

 

しかしながら、愚痴を言うことは格段に減ったなと言うのが所管です。

 

そんな無意味な話をするなら、今後どう動いていくか、ワクワクする話をしたいとおもえるようになりました。

 

なぜなら僕はフリーなのだから。

 

 

訳のわからない会議もないし、上下関係もなし。

 

上下関係がないと言うことは、守ってくれる人もいなわけで。

 

堕落しようとすればどこまでも落ちていける環境も揃っています。

 

上司から学ぶこともなくなってしまいました。

と言うことは、自分から情報をもらいに自分から行動するしかないのです。

 

 

それでもそこから会社を作ったり、共同経営をしたりしているひとたちと話をしていると元気をもらえるし、プラスのことを話す人たちが多く、僕にとってメンターとしての役割を担ってくれています。

 

 

かといって、実際、会社員の時のほうが給与もいいのは事実ですし、キャリアを積んで出世のようなこともありません。

 

だからフリーランスを他の人におすすめはできない。

 

でも自分はすごく今の生活が好きです。

 

 

これからの夢も目標もある。

 

 

まだ50年近くある人生ですから、やりたいことやらなきゃ。

 

 

この世界に自分なりの爪痕を残して死にたい。

 

 

明るく楽しく、ちゃんと考えて生きていきたいです。